道の会の「聖地の旅 勉強会」も22年目、皆様の変わらぬご支援やご協力を心から感謝しております。
澤田豊成神父様(聖パウロ修道会)が本年も引き続き、「聖ヨハネ福音書とともに聖地を歩むIII」というテーマでお話し下さいます。いよいよヨハネ福音書のクライマックス、主イエスの最後の晩餐、受難と復活に対するお話しは、私たちの信仰生活の力強い助けになるばかりでなく、聖地巡礼で神のみことばに耳を傾ける時、大いに役立つことでしょう。
道の会 井上弘子/瀬川眞佐子
この勉強会は、聖地に興味と関心のあるすべての方のために開かれています。
ご家族・お友達もお誘いください。
ヨハネ福音書の後半(13~21章)を読み進めます。そこには最後の晩餐から復活後までの、わずか数日間のできごとが凝縮されています。
イエスは、「ご自分の時が来たのを悟り、世にいる弟子たちを愛して、終わりまで愛し抜かれ」、そのために弟子たちの足を洗われます。足を洗うというイエスの行為は、「イエスの時」と呼ばれる神秘、イエスの愛の意味が象徴的に示されています。
イエスは弟子たちの足を洗った後、弟子たちに長い教えを語られます。この教えの中には、これまであまり用いられてこなかった表現が登場します。愛の教えもその一つです。「イエスが愛しておられた弟子」も、この場面になってはじめて登場します。しかも、愛の教えは、イエスがお与えになる「新しい掟」として語られます。
イエスは、この教えの中で、ご自分が弟子たちのもとから去っていくことを示唆されます。しかし、同時に弟子たちのもとに戻ってくることをも約束なさいます。イエスは、御父のもとからわたしたちのもとに来られ、わたしたちのもとから御父のもとにお帰りになり、そしてまた、わたしたちのもとに帰ってきてくださいます。
イエスは、聖霊を遣わすことを弟子たちに約束なさいます。ヨハネ福音書では、聖霊はわたしたちがイエスとのかかわりを生きるうえで不可欠な存在として描写されています。また、聖霊は、「弁護者」、「真理の霊」とも呼ばれています。
イエスは、弟子たちに平和を与えると約束されます。しかも、この平和を「わたしの平和」と言い換えて強調しておられます。聖書における「平和」の概念について学んだ後、ヨハネ福音書が「イエスの平和」と呼ぶものの意味を深めることにします。
イエスは、弟子たちへの教えを語り終えた後、突然、御父に向かって祈りを始められます。この長い祈りが受難と復活を前にした場所に置かれている意味、この祈りに含まれるメッセージを探ることにしましょう。
イエスはついに捕らえられます。一方で、ぺトロは保身のためにイエスのことを「知らない」と言います。しかし、ヨハネ福音書はその記述ですでに、これらのことがイエスの栄光を表すのを示唆しています。
ローマ総督ピラトによる裁判は、まるで演劇のように、総督官邸の中と外とで交互に場面転換しながら進んでいきます。尋問しているのはピラトですが、教えておられるのはイエスです。こうして、イエスは十字架刑に定められ、木に架けられて「上げられ」ます。それは、イエスが栄光に上げられたことを意味しています。
イエスは復活し、弟子たちにお現れになります。そして、約束しておられた賜物を弟子たちにお与えになります。今や、御父とイエスとのかかわりは、イエスと弟子たちとのかかわりへと広げられたのです。
イエスの復活後のエピソードについて記したヨハネ福音書21章は、多くの研究者たちによれば、後代の付加と考えられています。この章は、ヨハネ福音書全体の中でどのような意味を持っているのか、20章とどのように結びついているのか、特にイエスとぺトロのやりとりに注目しながら深めてみましょう。
パワーポイントを用いて聖地の映像もご紹介します。(井上弘子担当)| 講師 | 澤田 豊成師(聖パウロ修道会) 井上 弘子(道の会) |
|---|---|
| 時間 | 午後1時30分〜15時30分(この後主日のミサあり) |
| 会場 | サンパウロ宣教センター 4階 (JR・地下鉄四谷駅下車 歩2分) |
| 会費 | 1,500円/回 |
11月3日(土)〜5日(月)【2泊3日】
講師:澤田 豊成師(聖パウロ修道会)
テーマ:おん父への道であるキリスト(ヨハネ福音書により人生を見つめ直す)
会場:汚れなきマリア修道会 町田修道院